スポンサーリンク

次男さんの考え方が真理をつきすぎてて震えた。

日記・コラム
日記・コラム

僕はどちらかというと揉め事には首を突っ込まず穏便に済ませたいほうだけれど、納得できないことに対しては論破するまで戦う姿勢だし、家族を守るためなら暴力やむなしといった考え方だ。

一方の奥さんさんも同様に、穏便に済ませたい一方でキレたら圧巻の声量で相手をねじ伏せるタイプ。笑。

ただ僕よりも溜め込んでしまう性格なので、家族や友達にはついつい愚痴ってしまうのが本人も気になっていた。

愚痴を言ったり文句を言ったりというのは、ストレス発散とか少しでも理解してほしいといった表れではないかと思うのだけど、僕もよほどのことがない限りそういったことは言わないので、男女の差もあるのかもしれない。

先日奥さんさんと話をしてるときに愚痴の話題になり、『次男さんは愚痴を言わずいつも機嫌がいいのはなんでなの?』と本人に聞いたらしい。

そして次男氏はこう答えた。

『愚痴を言っても何かが変わるわけじゃない』と。

おおおおおお。

やべーな次男。

高校2年生でもうそこに気づいたんかよ。

愚痴を言うのを【我慢】してるわけではなく、そもそも愚痴るという概念がないのだ。

新学期早々にちょっとした問題はあったものの、いまの彼にはその影すらない。

彼は割と自己主張できる子だし善悪の区別がつく子なので、確かに言いたいことを我慢してる様子もない。

ただ『愚痴る』という行動そのものが無意味なもの、と考えているのだ。

我がマツオ家の子どもたち3人はいまだ反抗期がない。

寝起きが悪かったり学校や友達のことでイライラしたりはあるけれど、そういうネガティブなことは自分で解消する術を知っている。

そして3兄妹の中でも特に次男さんはいつも上機嫌で、家に帰ってきてからも常にいろいろと何かをしている。

毎日を楽しく過ごすためにはいま何をすべきか?をいつも考えているように思える。

愚痴が出るというのは、矢印が常に他者を向いていて常にジャッジしている状態。

逆に次男さんは矢印がいつも自分に向いていて、彼自身の内面と向き合えているのだと感じる。

僕がそういったことに気づけたのは、お金を払って学ばせてもらった40歳を過ぎてからのことだ。

誰からも指南されず、もし自分だけでそういったことに気づけたのならば、末恐ろしさとともにリスペクトしかない。

我が息子ながら、カッコイイじゃねーかよ😁。

コメント

タイトルとURLをコピーしました