未来はもう開いている

年末年始は家族とゆっくり、そしてたくさんの時間を共有することを意識して過ごしました。ブログやイラストをお休みしてSNSもほとんど開かず、心静かな(リアルはくそ賑やかな)数日間を楽しみました。

ネットの中はとても華やいでいて、僕にはときどき眩しすぎる場面もあったりして。

振り返るととても地味で、自由な振る舞いがあまりできない現実が重くどっしり構えているのだけれど、でも紛れもなく僕の現実は、僕自身の価値が見出せる居場所なのかも、なんてことを感じた貴重な時間でした。

子どもたちはいつも迷っているどうしようもない僕を「パパ」と呼び、愛らしい笑顔と優しい言葉で接してくれる。素直に感じてることをその場で表現してくれる。

僕はそんな彼らから慕われていると感じるし、父親として、そして「確かな存在として」認められ、扱われてることに喜びを感じるんだ。

未来はもう開いている

2017年最後の四半期は忙しくてたぶん本当に地獄みたいな日々と、プライベートでは好きなことに無茶苦茶打ち込めた両方の側面をもった毎日だったように感じる。

忙しくて思うようにコントロールできない毎日にたくさん泣きを見たけれど、その中でも習慣になったブログやイラストに着手できたこと、そして気になるセミナーやワークショップに参加できたことは大きな財産になったと思う。

描きたいイラストをあまり描くことができなかった。講座やイベントを泣く泣くキャンセルすることもあった。

ブログの更新数なんぞは納得の出来とは全然いえない。

でも、時間をうまく作れないながらも諦めないでコツコツ続けられたこともある。そこだけはマジ評価したい。

「今ここ」というシングルタスク

そんで改めて振り返ると、すべてが同じ時間軸の中でごちゃごちゃしたまま進んでいたと感じるんだよね。

流れ作業の中でマルチタスクとして、物理的にも心理的にも重なり合って進んでいたんだ。だから常に不安だし自信ないし焦ってるし疑ってるし。

自分の一番の理解者(深いところまでは不確定だけれど)は自分なのだから、もう思うがままに、そしてその瞬間の一点に集中して事を運びたいなと思う。

いろいろな事を惰性的に手を出して心を潰されるくらいなら、少し手を止めて一つのことを全うする。

絵を描いてると何かと器用だと思われがちだけれど、僕はとても不器用だ。

自分自身それが分かっているはずなのにまわりに合わせて無理をする。

そして潰される。

もうこの連鎖をそろそろ止めてもいいはずなのに、期待されるとその気になって少しの間だけいい調子になる。

僕はその調子のいい自分を知っているからいつも同じ過ちを犯すのだ。

期待には応えたい。

ただその、期待に応える対象を見誤ってはいないだろうか。

僕に一番期待しているのは他ならぬ、僕自身なのだから。

2018年はこう動く

今年は周りの流れに乗りつつも、やるべきことややりたいことにメリハリをつけて、その時その時にやること一点に絞り取り組む

その結果どうなるかはまだ分からないけれど、しっかりとゴールを設定した上で行動するのなら少しはそこに近づけるんじゃないかなって思う。

周りの動きに惑わされず、
周りの声を真摯に受け止め、

あくまで自分主体で行動する。

計画を練るのも大事だろうし、
自分と向き合うことも大切だろう。

真っ白なノートとペンを用意して、まずは自分に何ができるのか、そして何がしたいのかを掘り下げていきたい。

去年の僕はもういない。

年末年始に蓄えたエネルギーと思考のスキマと静寂な時間を、一点集中からの一点突破へ変換する作業をしよう。

未来はもう開いている。

マツオユキは思う。

マツオ ユキ
この年末年始は今までにないくらいダメな人間になってきた。これ以上ないくらいのポンコツ野郎。でもその瞬間にやりたいこと=今ここを存分に楽しめたと感じる。とりあえず絵日記描こう。

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