僕が妻と別れた理由。

あの日の彼女の表情は、いまでもたまに夢に出てくる程度には僕の胸に刺さっていた。

「今更もう遅いよ」

僕は冷たくそう言って、振り返りもせずにドアを閉めたんだ。

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僕は現在妻や三人の子どもたちととても平和に楽しく暮らしています。

あまり多くの時間を彼らと接することができないので、休日になると子どもたちの意見をよそに外へ連れ出していろんな事を共有するようにしています。

11年前の僕はたった一人でしたが、いまは笑顔いっぱいのあたたかい家庭を作り上げる事ができました。

この先もそうやってハッピーに過ごせるかどうかは分からないけれど、自分の軸をいまのまま保つ事ができていればいい感じになるんじゃないかなと思ってます。

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いまの妻には詳しく話したことはないんだけど、妻に出会う前に7年ほど一緒に暮らした人がいます。その人とは婚姻関係にあったのでいわゆる『前妻』というやつです。

彼女は僕より7歳年上の姉さん女房。二十歳そこそこの若者からしたら、仕事をバリバリこなすアラサー女子というのはとても魅力的に見えました。

まったく違う世界にいたものの、縁あって付き合う事になり4年後には結婚する事になりました。

彼女と付き合いだした時もかなりハードな感じだったのを覚えています。

一銭も持たずに数ヶ月駆け落ちのような事をしたり、仕事もしないで実家に転がり込んだりとか、若気の至りにもほどがありますよね。

それほど恋に落ちていたんでしょうね。

その当時は本当にお互いを求め、何をするにも一緒じゃないとダメでした。来る日も来る日もサルのようになって愛を育んでいました。

彼女と会うまで女性経験が多いほうではなかったので、僕自身メロメロでした。また、お嬢様育ちだった彼女は僕のやる事なす事に興味を持っていたようです。

いまにして思えば、お互いを尊重する以前に、ただ闇雲に感情の赴くまま突っ走っていただけだったような気がします。

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「じゃあこうしよう。婚姻届と離婚届を一緒にもらう。そして万が一離婚する事になったら籍を入れた日に別れよう」

『絶対に別れる事はない』とたかをくくった僕らは、まるでゲームを楽しむかのように人生の一大イベントを軽く考えていたんだ。

その時彼女はどう思ったのだろう。

冗談半分に受け止めながらも、やっぱり別れるはずがないと思っていたのか。または本当はそんな縁起でもないことしたくないと考えていたのか。

今となってはどうすることもできないが、ここでも若さゆえの過ちが発動した。

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結果的に籍を入れた3年後の同日、離婚届を役所に提出することになりました。

離婚の原因は理想の妻じゃなかったという僕の一方的で勝手なものでした。

当時はニフティーサーブのパソコン通信全盛の時で、彼女は夜な夜なフォーラムの仲間とチャットを楽しんでいたみたいです。

夜中までパソコンの前に座り、家事もせず昼間は寝ている彼女を僕は咎めることもしませんでした。

ガテン系の僕は日中汗水を流し、自宅に帰ってもそんな有様の彼女の姿に失望し辛うじてあった恋心もいつしか枯れ果てていました。

それを言い訳に外に何人も女を作り、何度も修羅場を経験したこともありますが、結局は浮気相手をすべて精算した後に離婚することにしました。

不思議なことに離婚後も同居生活は続き、約1年ほど一緒に暮らしていました。結婚していた時と何も変わらない、いつもと同じ生活です。

そう、何も変わりませんでした。

離婚してからも同じように彼女は特に家事をするでもなく、仕事もせず朝から晩までパソコンの前にいました。

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「離婚したらさ、何かが変わると思ったんだ」

僕の考えは甘かったのだろうか。すべてを彼女に押し付けた僕が悪かったのだろうか。

いや、押し付けたわけじゃない。彼女の意思で僕は外へ働きに、彼女は内に入って家を守ることを選択したはずだ。

外にオンナを作ったのも、彼女が変わることを期待したからなのかもしれない。

僕が犯した過ちは彼女をどれだけ傷つけたかわからない。でも、僕の方にも多くの傷があったのは確かだ。

浮気というある種「逃げる」ことを選んだのも、彼女から浴びせられる罵倒に耐えかねてのことだ。

なぜ僕は罵倒されているのだろうか。

お嬢様育ち、年の差婚、姉さん女房。これらを武器に彼女は好き放題やっているというのに。

「もう一度やり直したい」

すでに離婚は成立しているタイミングに彼女はそう言いだした。

離婚後1年近く経ってただの同居人と化した僕に彼女はそう言った。

それが引き金となり、僕の腹の底に溜まった黒い渦が彼女めがけて飛び出したのだ。

過去の行いを責めたってはじまらない。でもその時の僕はむき出しの感情を彼女に浴びせた。

最後に冷静になった僕は一言、

「今更もう遅いよ」

そう言って、鉄の扉をこれ見よがしに乱暴に閉めた。

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彼女には自宅と車を与え、2人で作った借金を僕が完済してそれが慰謝料代わりとなってそれで終わり。

幸い(?)子どもは授からなかったので、養育費的なものも発生しませんでした。

別れてから一度だけ、何かの用事で会ったけれどそれがどんな理由だったかは忘れました。

前妻との7年の思い出はもちろん悪いことばかりではありません。

僕自身もいろんな経験をして勉強になったこともたくさんありました。

あの日、彼女に僕の人生を捧げようと思ったことだって嘘じゃなかった。

それでも、他人同士が永久に続くことなんて滅多にあることじゃないんだと、いまは感じます。

さいごに

別れてから10年以上も経つのになぜ今更「前妻との思い出話し」を綴ったのか。

今風に言うと黒歴史的な経験をどこかで吐き出したかったに他なりません。

いまの妻にも話したことのない「前妻とのはじまりと終わり」をこうしてブログで公開することに抵抗がないわけじゃないけれど、僕は妻にすべてを知っていてもらいたい。

隠していたわけでもなく、ただ話すことでもない過去の妻に対して、いまの僕は何とも思っていません。

というより、思い出す暇もないくらいいまが幸せなんです。

過去は過去として変えられない。しかし微かな記憶として残っている。だけどその記憶がいまの僕を邪魔しているのなら開けっぴろげて記録として残しておくのも悪くはないかなって。

「過去があるからいまがある」っていう考え方で言うなら、前妻と別れたからこそいまの家庭があるって思いがちだけれど、僕はそうは思わない。

どういう過程を辿ろうがいまの妻と出会い、そして三人の子どもたちを迎えることができたんだなって思えるわけです。

どんなに遠回りをしても、いまの家族には出会うべくして出会ったんだと思います。

だからいまの時点で幸せなんです。

※奥さんの了承を得て掲載していますw

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1 個のコメント

  • とてもいい記事でした。文章も上手で気持ちがよく伝わってきました。

    「どんなに遠回りをしても、いまの家族には出会うべくして出会ったんだと思います。だからいまの時点で幸せなんです。」
    という文章がいい意味でショックでした。

    あなたと一度は結婚された方も、今の奥様も、あなたのような質の高い人と出会えて幸せだと思います。

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