いつもと違う「非日常」の中で語らう、夫婦二人のこれまでのこととこれからのこと

先週中頃から東京でも桜が咲きはじめ、過ごしやすい季節となりました。日中は汗ばむほどに気温も上がり足取りも軽くなるよね。

普段はとっても賑やかな我が家だけど、三人の子どもたちは春休みを利用して神奈川県・大和市のおじいちゃんおばあちゃんのお家に遊びに行きました。

おかげでここ数日は穏やかな毎日を送れています。

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約一週間の間、はじめて親元を離れて暮らす我が子たち。お互い不安もあるけれど貴重な経験をしてきてほしいものです。

当然その期間は妻と二人だけの生活となります。妻も仕事をはじめたのでお互い日中は顔を合わすことはないけれど、夜は二人きり。

10年ぶりのシチュエーションにとまどいつつも、一体どうなることやらと緊張してたりする(笑)

お子さんがいて10年以上連れ添っているご夫婦ならこのなんとも言えない照れ臭い気持ち、分かっていただけると思うのだけれど。

photo credit: Admiring the old city of Bern via photopin (license)

子どもを言いわけにしたくはないけれど

いつもと違う「非日常」の中で語らう、夫婦二人のこれまでのこととこれからのこと

僕ら夫婦の共通の趣味として「カフェ巡り」というのがある。

まだ子どもが生まれる前はいろんなところに足を運んだけど、10年前に長男が生まれた頃からめっきり行かなくなりました。

小さな子どもを連れてだと落ち着いて楽しむこと、難しいですよね。

子どもたちもいまはだいぶ大きくなって午前中であれば出かけることはできるけど、言っても自宅の近所に限られるので評判のカフェや本当に行きたいお店に行くこともなかなかできません。

そして週末からしばらく子どもたちは家にはいないわけで、この機会を逃すわけにはいかない。

土曜日の夜というカップルにはたまらない日程で僕ら夫婦は「いつもと違う非日常の世界」へと向かったのでした。

photo credit: Big baby eyes via photopin (license)

お互い出方をうかがうように

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以前仕事の打ち合わせのとき相手の方に連れて行ってもらった「カナルカフェ」があまりにも居心地よくて、妻にも体験してもらおうと思い今回のデートの場所に決めた。

関連▷川面に映る桜に彩られた東京・飯田橋イタリアン「カナルカフェ」で雰囲気に酔う

週末の夜に二人で出かけるなんていつ以来だろう。

確か次男が生まれたばかりの頃、里帰り出産を利用して一度だけ大黒埠頭までドライブしたとき以来だから7年ぶり?になるのかな。

仕事が終わって自宅に帰り、ささっと身支度を済ませて「いくよー」と色気もへったくれもない掛け声とともに出発。

自宅からお店まではバスと電車を乗り継いで向かうわけですが、その間少しだけ距離を置いて歩きました。

なんだろう、この気持ち。

嫌な気持ちではなくむしろワクワクしてるのに、なんか気まずいんですよね。他愛もない会話をしながら気もそぞろで、間が持たなくなるとiPhoneを取り出す始末。

妻は押し黙って様子をうかがってるみたいだし、その時は早く着かねーかなってずっと思ってた。

photo credit: calmness via photopin (license)

なんとも言えない二人の距離

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カナルカフェに着くとかなり混んでいたけれど、席自体はだいぶ空いているのでしばらく並んでみることにした。

「並んでいる間も、なんかそわそわしちゃうじゃんね」

口には出さないけれど頭の中でそのセリフがずーっとリプレイされてた。

やがて陽も落ちてきてカフェから顔を覗かせる桜が一層際立ってきた。お花見目当てでお店に来たわけではないのだけれど、まあそれはそれでラッキーだったけどね。

妻は目を泳がせながらずっと口をつぐんだまんま。

だんだんテラス席が薄闇に覆われてくると、相手の顔もぼんやりとしか見えません。目が慣れてくれば話は別だけれど、そもそもじっと相手の顔を見ることが照れ臭いのだからハッキリ見える必要もないのだ(笑)

飲み物とデザートを先に渡され料理は出来上がったら取りに行くというシステムだったので、注文したピザが届くまで何を話していいやら若干テンパり気味になる。

でも、周りが薄暗くなっていくにつれてだんだん緊張の糸も解けて、せっかくだから普段聞けないことを聞いてみることにした。

photo credit: via photopin (license)

ライトアップされた桜とテラスの薄暗さが僕らを饒舌にさせた

いつもと違う「非日常」の中で語らう、夫婦二人のこれまでのこととこれからのこと

こういうシチュエーションはいままでも、そしてこれから先もいつあるかわかりません。僕は意を決して聞くことにした。

俺「食べながらでいいんだけど…ずっと聞きたかったことがあるんだけどさ」

妻「ん、なに?(モグモグ…)」

俺「あやちゃんてさ、なんで俺といるの?」

妻「(キョトーン)」

俺「いや、あの…、いまはだいぶ建て直ってきたところだけど、いっとき最悪な時があったじゃん?」

妻「…うん」

俺「普通なら離婚されてもおかしくないのに、なんであんなに頑張ってくれたの?」

妻「はぁ!?そんなの当たり前じゃん!!」

俺「(ドキッ)」

妻「あたしはそんなこと全然考えなかったし、いまの状況をどうすればちゃんとできるかしか考えてなかったよ!」

俺「いや…あの…、だから常識的に考えて借金あるくせにまともに働こうともしないなら奥さんとしては離婚しちゃった方が楽じゃん?」

妻「….」

俺「もしかして子どものことがあるから?」

妻「(しーん)」

妻「あのさぁ、どうしてそんなことで別れなきゃならないの?」

俺「えー」

妻「あたしはのぶくん(妻にはこう呼ばれてる)と一緒にいたいんだよ!」

俺「(うわーマジかー俺サイアクじゃねーかー)」

妻「あの時、そんなこと考えてたなんてなんか寂しいな…」

俺「…あ、ありがとう(言葉が出ない)」

そんなやりとりがあって僕の心は大きな音を立ててポッキリ折れそうになりました。

子どもの存在は関係なく、妻は純粋に僕を好きでいてくれてるだけだったのです。俺は一体なんてバカなことを聞いたんだろうな。

確かにママ友さんからは「なんで別れないの?」と言われていたそうだ。でも彼女の選択肢にそれは存在しなかった。

ちょっとだけ夜風が冷たく感じた。

周りは夜桜見物で盛り上がり、はす向かいの大きなスペースでは数十人規模の飲み会が開かれている。お酒が入り大きな声で話すカップルもいる。

僕らの周りは雑音だらけなはずなのに、なんだか透明な箱に入っているように騒音はくぐもって聞こえてた。

景色もぼやけていて店の客が早回しのようにすごいスピードで動き回る中、その時だけは目の前に座る妻の姿が見えた。

真剣な顔でピザを頬張る、キュートな妻の顔がハッキリと見えた。

俺「これからも多分、頼りにしちゃうぜ」

妻「あたしも頼りにしてるから(笑)」

photo credit: Untitled via photopin (license)

これからのこと

いつもと違う「非日常」の中で語らう、夫婦二人のこれまでのこととこれからのこと

話題を変えてこれからのこと、特に子どもたちの話になった。

いまのところ大きな問題もなく良い子に育ってくれている我が子たち。

お金がないことを長男は理解しはじめていて、欲しいものをぐっと我慢している姿をたびたび見るようになった。

次男も末娘も冗談半分でお金がないことをネタにしてちゃかされるけど、自分の甘さが招いたことだけにさすがにこれはしんどい。

「子どもにはお金の心配はさせたくない」ってずっと考えていたはずなのに、思いとは裏腹に彼らには負担をかけてしまっていたようだ。

長男はとびきり優しい子に育った。でもその優しさから我慢を強いられる場面がある。もっと自分を出してもいいのになって思う。

次男は責任感が強くて無鉄砲で、それでいて人一倍寂しがり屋だ。繊細さも兄以上かもしれない。

末娘は運動神経が抜群で天真爛漫なお嬢様。でも人の痛みがわかる子だ。

三人にはそれぞれ良いところも悪いところもはっきりしていて、親としてはいつも目を細めている。

だからこそ自分の不甲斐なさが際立って感じられる。僕は彼らに何を残してあげられるんだろうって。

ありがたいことに妻も同じように子どもたちのことを見ているようだ。

親がそれぞれ子どものいろんな面が見えていることは「家族」として考えると、とてもいいことだと思う。育児の仕方は違っていても、彼らを伸びやかに導いてあげられる方針みたいなものは共通しているだろうから。

というか、僕ら二人は彼らにいろんなことを教えてもらっているんだなーって改めて思った。

これからもいつも楽しく、そして仲良く暮らしていきたい。そのためにはもっと自分を変えていかなくてはならない。

妻や子どもたちに気苦労をかけさせるわけにはいかないもんな。

ずっと一緒に歩いていく

いつもと違う「非日常」の中で語らう、夫婦二人のこれまでのこととこれからのこと

飯田橋のレストランを出て神楽坂を抜け、このまま高田馬場まで歩いていくことにした。

距離にして4km。

その間腕を組みながらいろんな話をした。くだらない話ばかりだったけどすごく楽しかった。

そういえば、この人と一緒になろうと思ったのは笑いのツボがまったく同じだったことを思い出した。

本当にどうでもいいところに笑いのネタが落ちてたりするのは、きっと二人の波長が合うからなんだろうな。どうでもいいことでこんなに笑えるのはあとにも先にも彼女しかいない。

ゲラゲラ笑う彼女を見ながらふとそんなことを考えてた。

肩に寄り添う彼女の温もりがあるから、僕は前を向いて歩くことができる。

振り返ると必ず彼女がいるから、ずっこけたって歩き続けることができるんだ。

いままでは先陣を切っていかなければならないと思ってたけれど、これからは同じ歩幅でゆっくり肩を並べて歩いていきたい。

ずっと一緒に歩いていくことを改めて思う。

>大好きな奥さんへ
これからも宜しくお願いします♡

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