【あさ絵日記 vol.134】100%自分をさらけ出すことにメリットはない

1月22日(木)の良かったこと 3つ

※このエントリーは『前日の良かったこと』を 3つピックアップしてイラストにしたものをブログ記事として掲載しています。

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朝ランで10km完走できた

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悩みを親身になって聞いてくれる人と出会えた

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家族の笑顔に癒された

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まとめ

絵日記

自分が心を開いて(腹を割って)話せる人って、みんないるのだろうか。

親友には話せる?

セラピーの先生なら?

本当に100%自分をさらけ出しているのだろうか?

僕は最愛の妻にでさえ話せていないことはたくさんあるはずだ。

妻自身もあるのではないだろうか。

自分をさらけ出すって並大抵の精神力じゃ無理とさえ感じるのです。

下世話な話し、例えば年収や恥ずべき部分や性癖などを他人に共有できているというのは本当にごく僅かで、それは賢人でさえも一線を越えることは難しいんじゃないかと思う。

上記のことから100%さらけ出すことにメリットはあるのか。答えはノーだろう。

人には必ず「秘密」があって、然るべき場所に保管されている。決して他人が覗いてはいけない場所に。

ブランディングとか言ったって悪い部分2割、残りの8割は「いい部分」を出しているにすぎない。

これには根拠はないよ。あくまで僕のイメージだ。

よくSNSでは「ネガティブなことは書かないほうがいい」なんて声をよく聞く。特にFacebookではそれが特に反映されている。

言葉は武器になり、それは自分に跳ね返ってくると言われているので、自分が傷つきたくなければ「良い子ちゃん」でいる他ない。

「良い子ちゃん」でないにしても、何かを発信するのがSNSの主流なのなら、ネガティブなことを発信する意味がそこにはないのではないか、とも思う。

だんだんよく分からなくなってきたけれど、いい気分になって腹を割って話せていると勘違いしてやしないだろうか。

「いいことを言った」と自己満足で終わってはいないだろうか。

何事も秘密が多い方が面白い。

じゃなければ、天下のGoogleさんもここまで大きく世界に影響を与えはしなかっただろう。

人は知りたがりなのだ。

秘密や謎あるから、人は知りたがるのだ。

僕には腹を割って話せる人はいない。

心中お察しください。

絵日記月別まとめ

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