【あさ絵日記 vol.77】自分の「リミット」はどこにあるのか?

11月26日(水)の良かったこと 3つ

※このエントリーは『前日の良かったこと』を 3つピックアップしてイラストにしたものをブログ記事として掲載しています。

過去のエントリー(vol.0〜vol.50)はコチラから → あさ絵日記|まろやかなギーク!

Tsūの友だちが1000人越えた

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本ブログに軽めの記事を書いてみた

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イヤなコトあったけどすぐに切り替えできた

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まとめ

絵日記

自分の「リミット」はどこにあるのか?と考えたときにまずは『リミット』ってなんなん?を考えてみる。

たぶん「許容範囲」とか「限界値」とかなんかそんなようなことをいうのだろうけれど、はたしてあらゆる事象に対してリミットを設けることに意味はあるのだろうか。

そもそも「限界値」を考えた時点でそれ以上なにかを望むことはできない。僕らにとってそこが見えざるゴールだから。

というよりも「リミット = ゴール」ではないよね。きっと。

リミットは「現在進行形に対しての瞬間的な到達地点」であり、ゴールは「すべての集大成の目標または目的」だ。

大辞林を紐解くと同じようなことが書かれていた。

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人間には平等に、「すべての人が可能性を秘めながら」生まれてきた。

リミットのその先に見えないゴールがあったとしたら、僕らはそこに向かうことが正しいのか誤りなのか。

我武者羅に突き進むだけが人生ではないのかもしれない。

時には寄り道をしたって

時には休憩したって構わない。

そこに確固たる決意と目的地があるのなら、自分の許容範囲の中でゆるーくのんびり歩いていけばいい。

僕はそう思うのです。

心中お察しください。

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