【あさ絵日記 vol.59】子どもの存在にもの思ふ

11月8日(土)の良かったこと 3つ

※このエントリーは『前日の良かったこと』を 3つピックアップしてイラストにしたものをブログ記事として掲載しています。

過去のエントリーはコチラから → あさ絵日記|まろやかなギーク!

寒空、小雨の降る中公園で遊んだ

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新しいWordPressのサイトをいじった

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ムスメが可愛いすぎた

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まとめ

あさ絵日記

子どもたちの笑顔はどれだけ辛い日常を過ごしていたとしても、枯れ果てた地面に水を差すように一瞬にして悦びを広げてくれる。

時には僕らの気持ちを察するように、喜ばせようとしている彼らの行動が切なくも嬉しい。

まだ10歳にも満たない彼らだが、中身はもう立派な人間として成長しているのかもしれない。

その反面まだまだ甘えたい盛りなのは三人共通している。

一番下のムスメやまだ小学一年の次男ならまだわかる。小学三年の長男は、しぐさや会話の中身なんかは対等に接してもいいくらいに大人びてきた。

下の弟や妹と遊んでいる時でさえ、その差は歴然とするくらいには「お兄ちゃん」として彼なりの役割を演じている。

しかしやはり彼にしたってまだ甘えたい年頃だし、もっと構って欲しいはずなのだ。

長男に対して僕らはどこかで「もう大丈夫だろう」と手を離してはいないだろうか。

「立派に成長した」と過信してはいないだろうか。

そして僕らこそが甘えてはいないだろうか

「子どもだから」とひと括りに決めつけるのはしたくはないけれど、この世に生を受けてまだたったの9年だ。もっと彼と接して会話をし、全力で遊んであげたっていいはずなのだ。

いつも下の子たちのお世話をしてくれている長男は「僕はもうパパやママに遊んでもらえないかもしれない」と感じているのだとしたら、それは僕らの責任でありもっと親子として向き合っていかなければならない。

長男の笑顔は最高だ。

彼から学ぶところはまだたくさんある。

しかし僕らが構ってもらえるのもあと数年だろう。

子どもとの時間を最優先に考えていきたい。彼らにとっても。そして僕らにとっても。

心中お察しください。

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