ダメな言いわけを探すことはもうやめよう|二度寝朝ラン4km

「そうか、あの時こうだったから」

「あれが原因でこうなったのだ」

僕らはできない(やらない)理由を探すことに関しては、もぐらのように飽きもせず深いところまで掘り下げることができる。

その代わりやる理由を並べることには臆病な生き物だ。石橋を叩いてほころびを探し当て、それ見たことかと自分を納得させることには尊大なのだ。

気持ちが高ぶっている時にはそんな気持ちにはならないのだけれど、落ち込んだ時ほどそうなってしまうものだ。

今朝はまったく目が覚めず(相変わらず、アラームが鳴った直後のスクリーンショットだけは残している)、気がつくととっくに家族たちは慌ただしい朝を迎えていた。

まだ半分夢の中にいた僕は、とっさの思いで時計を見ると6時半を大きく過ぎていた。


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日の出は終わった。そしてこれから朝のルーチンを回すのにかかる時間を計算する。

気持ちをリセットして華々しくスタートダッシュを切りたい月曜日の朝なのに、僕の気分は沈んでしまった。

昨夜寝付いたのは23時半頃だと思う。

珍しくレンタルしてきた海外ドラマを夫婦で見入ってしまい、いつもよりも大幅に寝るのが遅くなってしまった。

「そうか、あれが原因で起きられなかったのだ」

僕の頭にはそんなセリフがよぎったが、気を取り直して遅い朝のランニング中に考えたことは そもそも寝る時間をずらしてビデオを選択したのは僕自身 ということだ。

6時間前後は睡眠をとらないと起きるのが困難なことは明らかだったはずなのに、それを棚に上げて遅くまでビデオを見ていたから寝坊したなんて責任転嫁するのにもほどがある。

時として、過去を振り返り原因を突き止め軌道修正することは大切なことだ。どちらかというと週に一度でもやったほうがいい。

人生を変えるための指南書には「過去は考えずいまを生きよ」と述べられているが、それとこれとはおそらく真意は別のところにあるのだろう。

ただ僕の悪い癖は、原因を突き止めるとそこに執着してしまって前に進めないところにある。それでは何も生み出すことはできない。

問題は「で、どうするか?」にある。

そんなことをただ悶々と考えているうちに4km。左脚の足底筋痛は昨日ほどではないものの、長く走れる自信もない。むしろこれ以上悪化することは避けたい。

一日の始まりにしてはかなり遅くなってしまったけれど、僕はなんとか気持ちを取り戻し過去に執着することをやめることにした。

二度寝をして起きられなかった現実しかそこにはないのだから。それ以上もそれ以下もない。

「いまを生きる」とは、こういうことを言うのだ。



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