西に沈んだ太陽が東から昇る 世界はこんなにも単純でいいのだろうか|日の出ラン10km

不愉快で暑苦しい夢から醒めると、安らかな寝息を横でたてている息子の華奢な両脚が、綺麗に揃えられて父親である僕の顔の上に置いてあった。

そろそろ秋の匂いが公園から染み出している頃なのだけれど、昨夜は異様に蒸し暑くて珍しくイラついた。

おそらく午前2時前にはうっすらと意識が現実に近づいていたと思う。軽くはない息子の両脚が顔に乗っていたのだから。

息子の脚をどかした後、暗闇の中で筋トレを開始する父。

ただ、早すぎるということでもないのだけれど、朝の活動をはじめるには幾分思考がついていかない。

僕はブログに対しての情熱をいつからか再認識していて、誰になにを言われようと行けるところまで行きたいと決意している。

そのこともあり再読したい本を書棚から引っ張り出してきて、束の間の静けさを知識と一緒に自分のものにしようと考えた。

ブログは僕にとって自分を表現する手段でしかないが、きっといつかは何かとてつもないことになることを知っている。

二つばかり章を進めると、iPhoneのリマインダーがしつこく鳴りはじめた。ランニングの時間だ。


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環状七号線と尾久橋通りの交差点にかかる江北陸橋下はやけに明るく、はるか上空を走る日暮里舎人ライナーは相反して暗く、今日の日の活動を静かに待っているようだ。

確かに週末の天気は崩れると民放のニュースでは報じていたが、今朝の天気は曇ってはいるものの雨粒が落ちてくる気配はない。

その代わり蒸し暑さの度合いは、昨日の寝苦しさから考えると納得がいくものだった。

見沼代親水公園駅は荒川区日暮里から走る無人モノレールの終着駅で、レールは今日も中途半端に止まっていて、いつかさらに延長されることを感じさせる。

実際、埼玉県への延長提案もされているような話も聞いたことがある。

鉈(なた)で無愛想に切られた背の高い雑草のようなレールに到達すると、5kmの合図がポケットから聞こえた。

僕は横断歩道を渡りいま来た道を逆走する。セントラル・パークへ向かった。

セントラル・パーク(都立舎人公園)に生え揃う木々の上にある空は、どんよりと厚い雲に覆われていた。

隙間なく絵の具で塗りたくったような、芸術のかけらも感じさせないいびつな空だ。

雨が降っていないだけましだが、それでも気分を悪くするには十分な空の色だった。

太陽の光が漏れるような隙間は少しも見当たらないので、僕にしては珍しく希望の丘には寄らずに、すぐに家族の待っている地元へ向かった。

日の出が見れないことは寂しいけれど、太陽のパワーはこんな日でも吸収することはできる。曇っていても、例えば雨が降っていたとしても少なからず日光の恩恵はあると聞く。

どんなに天気が沈んでいても、目が覚めたら外へ出て光を存分に浴びるべきだ。

昨日は西の空へ沈む夕陽へ向かって走った。今朝は残念ながら日の出は見ることはできなかったが、それでも何かを期待して東へ走った。

そうやって太陽は12時間ごとに僕らの周りにやってきて、何かしらの贈りものを授けてくれる。僕らはそれを30,000回繰り返すことで「人生」というたいそうご立派な物語を紡いでいく。

宇宙の中心にいる燃えさかる彼にしてみたら、そんなちっぽけな物語など肩に乗った糸屑よりも些細なことだ。

それでも彼から得られるパワーは、僕らの物語を壮大なものへと変化させるに十分なきっかけなのだ。

雲に隠れて見えなかったけれど、今朝の日の出ランは10kmだ。

やはり午後に走るよりも朝一番で走ることが、僕にとっては気持ちいい瞬間なんだと思う。

ランナーではない僕でも、そのくらいの気づきはあるのだ。



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