日の出朝ラン11km|久しぶりに見る東京の朝は 秋の夕陽を思わせる

定点観測的に見ている地元の太陽がもはやどんなものだったか、思い出すのも苦労するくらいに空は晴れ間を見せていない。

真っ暗な部屋で目を覚ますと、今朝の日の出の状態すらどうでもよくなっていた。

今朝はアラームが鳴る1時間前には目が覚めはじめていた。このまま起きてしまうか再び夢の中へ落ちるか、考える間もなく1時間が経っていた。

常温の水をコップ一杯飲み干し、お湯を沸かしてカップにインスタントコーヒーの粉を落とす。

一連の動作を流れるようにテキパキとこなし、インターネットの世界へ挨拶をする。

「おはようございます!今日も楽しくいきましょう!」

この文言をキーボードから打つ頃には頭もだいぶスッキリしていて、意識はランニングに移っている。

もうひとくちコーヒーを胃に流し込み、走る準備に取り掛かった。


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驚いたことに昨夜も雨が降っていたようだ。すでに止んではいるが、それでもかなり大量の雨らしかった。

車のボンネットにはワックスに弾かれて、碁盤(ごばん)に規則正しく並べられた碁石みたいに水の玉が整列している。

僕は「ふぅ」とひとつだけ溜息をついて、今日の日の出を諦めた。でも走ることは諦めなかった。

雨上がり特有の湿気と靄(もや)が街を霞(かす)ませている。

濡れたアスファルトには街灯の明かりがところどころ反射していて、とても絵になる綺麗な絵画を思わせた。

今朝のセントラル・パーク(舎人公園)は静かだった。

きっと昨夜からの雨を知っている人たちは日課である朝の散歩やウォーキングをやめたのだろう。

空と夜の狭間のコントラストがやけに美しくて、しばらくパークの景色に脚を止めてしまった。

空には雲がなかったおかげで、群青色から白みはじめる瞬間の空を堪能した。

しばらく景色に見とれた後、肺いっぱいに吸い込んだ澄んだ酸素を循環させてふたたび脚を動かした。

太陽は出そうで出てこない。

初めてのデートでどちらが先に手を繋ぐか、まるで駆け引きしているような感覚だ。

僕はランニングの距離を稼ぐために空を眺めつつも、交互に脚を動かすことに意識を集中した。

時刻的にもとっくに日の出ははじまっているはずだが、一向に奴は姿を現さない。

再びセントラル・パークに戻った僕は、ご年配の方たちが集まっているポイントに向かった。

汗まみれの僕を快く迎え入れ気軽に挨拶をしてくれるおばあさんや、不恰好ながらも一生懸命にストレッチをしているいつものおじさんに会釈する。

彼らにとっての朝活は日の出とともにはじまり、ひとしきり答えのないことをぺちゃくちゃ喋ってあっさり終わる。

場違いな思いをしながらも、空返事の合間にiPhoneのシャッターを切る。

今朝の日の出は輪郭をまったく確認することができず、うっかり目玉焼きの黄身を割ってしまったような形をしていた。

それでも雲間から時折届く光線は、体内の細胞を活性化させるに十分なものだった。

僕はしばらくとどまっていた公園を後にし、まだ家族の眠るゴールに向かう。

どの角度から見ても太陽の輪郭は見えないけれど、それでも名残惜しそうに残された写真が切なさを演出している。

同じようなものを何枚撮ったところで満足いく瞬間には出会えない。

空がすっかり白んだあとでもいいから、とにかくきっぱりとしたものに出会いたかったんだ。

夕陽のような朝陽を地元でやっと捉えることができた。

街を走る車の量は、走りはじめた時に比べたらかなり多くなっている。

眠たそうな運転をしているドライバーと仕事帰りのタクシー、ガチャガチャとギアを変える音がやかましい新聞配達のオートバイ。

通勤のためにライナー(日暮里舎人ライナー)に向かうスーツ姿の若い男の子や、手元の携帯から目を離さず規則正しくハイヒールの音を鳴らすオフィスレディ。

夕日みたいな朝陽を浴びた日常がまた動き出していた。

今朝は11kmを走った。今月の目標は200km走行だ。

まずまずの走り出しだと思う。


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