今日も東京は白黒の世界。

いつまで続くのかわからないが、僕の街は今朝もどろどろとした灰色の雲とアイロン掛けをする前のスーツのようにしっとりと濡れていた。

昨夜も順調に21時過ぎには睡眠アプリを起動して眠りについた。

しかしどういうわけだか今朝はまったく目が覚めず、気がつくと右手にiPhoneを握りしめたまますでに睡眠アプリはしっかりと仕事を終えていた。

アラームを消したことさえ覚えていないが習慣とは恐ろしいもので、起き抜けのスクリーンショットはしっかりと押さえているあたり笑える。


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30分ごとの誤差はなんなのだろう?

僕にとって早起きとは1日を良いサイクルで回せる『手形』のようなものであり、その手形を手に入れるために 早寝 が大事だと考える。

運良く21時前後に消灯を迎えることができたなら、翌日の活動に対してとても積極的に考えることができるのだ。

朝一番のイベントを真っ先に思いつくわけだが「明日の朝ランはがんばってロングを走ろう」と、まどろみの中でワクワクしている自分を感じることができる。

今朝はランニングをやめた。

いつもなら小雨程度の雨なら悩むことなく走り出していた。まして今朝はアスファルトが濡れていただけで小雨さえも落ちてきていない。

でも、何故だか走る気力がまったくなかった。ゼロだ。

いつもなら起床後すぐにSNSに顔を出していたが、なんだかキラキラ輝いている友達の投稿を読むことも苦痛と感じていた。

身体がいうことを聞かないというのは、きっとこういうことをいうのだろう。

ただ意識はハッキリしていて、身体がこんな状態ならいっそそれに従い、出来る最低限のことをしようと潔く切り替えることにした。

だんだんこの景色も見慣れてきた。

僕の街は5日間、太陽のエネルギーが降りてきていない。科学的な見方をすればもちろんこんな天気でも紫外線は確認できるだろうし、夜の闇に比べればだいぶ明るい。

しかし僕にとって太陽の恩恵は、1日分の活動を支える大事な燃料となる。

スピリチュアルなことを言っているわけじゃない。ただ身体がそう訴えているのだ。

逆にいうと僕は「雨」がそれほど嫌いではない。地面に雨粒が叩きつけられる音が聴きとれるくらいの雨は好きだ。

そんな日はどうあがこうが家に引きこもって好きなことに専念できる。根っからのインドアな僕にとって、目に見える雨は(格好よくいうと)クリエイティブな活動を存分に楽しめるいい機会なのだ。

でもたまにはこうしてどっちつかずの空の下、外にくりだすのも悪くない。

筋肉をいじめ抜き、全身汗まみれでゴールするランニングも溌剌(はつらつ)として気持ちがいいものだが、水に濡れた誰もいない公園を朝から散歩するのも案外ありだなと思う。

今日はまだなにも手につかない。

辛うじてブログに意識が向けるのはありがたいことだが、ブログを再開してからずっと量産しているようなスタイルを今日できるかどうかわからない。

書くかもしれないし、書かないかもしれない。

未来のことは誰にもわからない。

だけれど 未来を変えることができるのは『今この瞬間の行動』であることは知っている。

いったい僕はどこへ向かおうとしているのだろう。


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