なんか思うことあって、思うことを思うままに行動していこうと思います

どこでボタンを掛け違えたのか。

もし神様がいるとしたら、彼はどれだけの試練を与えれば気が済むのだろう。

冷静に考えるとすべては自分の選択による結果であり、それ以上でもそれ以下でもない。

だから現実をしっかりと見定め、いまできることをしっかりとやるしかないのである。

カミングアウト

男として、そして会社を経営するトップとしてこんなこと口が裂けても言いたくはないが、会社と個人の負債を合わせると数千万にものぼる。

住宅ローンを負債とするのかどうかいろんな見方があるとは思うけれど、僕自身は「負債」と考えている。

住宅ローンを抜きにした残りのほとんどが 会社のために 20年近く投資をしてきた結果生まれた借金だ。

「投資」というと聞こえはいいが、会社を大きくすること、そして見栄のためにかさんだ恥ずかしいツケでしかない。

こんなことをわざわざブログに書くのもどうかと思ったが、 ありのままの姿見せるのよ って生き生きとした歌声を聴いて、くだらないプライドに縛られるのはまっぴらだし、手っ取り早いと思った。

カミングアウトってものすごくエネルギーがいるものだけれど、それ以上に誰にも言わず、隠し通していることにこそエネルギーが奪われていることに気がついた。

すべての原因は、あの時の愚かで浅はかな行動

「あの時」は僕の人生にとって、もっともエキサイティングな瞬間だった。

人に後ろ指差されるようなこともしてきたに違いない。

とにかく流れに身を任せて好き放題してきた。

やがて女性を頼りに東京中を点々とした挙句、なんの計画性もないまま茨城まで渡った。

一年真面目に働いたものの、結局は仕事が好きになれずさらに北上し、日立だか水戸だかでホームレス同様の暮らしをした。

この時たしかB’zがドカンと売れ出した1990年だから20歳くらいだったと記憶している。

やがて手持ちの金が底をつき、当時遊んでいた女性の 悪魔の囁き がその後の人生に影響を及ぼしたのかもしれない。

クレジットカードに手を出し、その場で30万円を借りた。

自動販売機で缶コーヒーを買うか、50円のコロッケを二つ買うか迷っていたはずなのにその30万は5日で無くなった。本当にゲス野郎だ。

はじめて幸せをつかんだ

若気の至りじゃすまない悪さを重ね、離婚を経験し、いい加減落ち着こうと東京の足立区というところに居を構えた。

ただ、この城は男一人では広すぎて、何より物がほとんどない異様な空間に寂しさを覚えた。

外に出歩く気力もなく、インターネットに「寂しくて死にそうだ」と発信した。

当時、彼氏と別れたばかりの女性が僕のメッセージを受け取った。

それから一週間後、毎日メールでやりとりをさせていただいたその女性と会うことになった。

1年後、家族が増えた。

3年後、もう一人増えた。

5年後、またさらに増えた。

そして10年後、3人の子どもたちの世話をしながら僕の横で消しゴムはんこを掘り掘りしている僕の妻がいる。

あの時の出会いは、30数年生きた中で最高の出会いだったと胸を張っていえる。

「あの時」がなければ、いまの僕はいない。

43歳になって知ったこと

40歳を過ぎて自己啓発とか、ビジネス書を読むようになった。

あの頃の不毛な時間を取り戻すように、自分を変えなくちゃと本気で思った。

ある本には、過去に起こったことと現在の状況はなにも関係がないと書かれていた。

それは幼児期のトラウマもしかり、昨日の嫌なこともしかり。

僕らは「いまこの瞬間」を生きていて、過去に起こったことはいま現在の自分にはなにも関係がないということを教えられた。

でもね、手に入れることのできたこの幸せは、あの日あの時あの場所で彼女と出会わなければ、絶対に実現できなかったことと思う。

思うことあって、流れに任せてみようと思う

僕はこれまで「夢」とか「目標」のために毎日行うことをタスクに落とし込み、たんたんと取り組んできた。

手帳で管理したり、ネット(クラウド)やiPhoneを駆使して人生をより良くしていこうとそのことだけに励んできた。

セミナーや勉強会にも積極的に参加した。

狂ったようにブログを書いていた時期もあった。

そのどれもが夢を叶えるためであったり、人生を劇的に変えるためだった。それしか考えられなかった。

冒頭でカミングアウトした借金問題。

僕の中で引っかかっていることはただこの一つだけだ。

借りたものは返さなくちゃいけないって、幼稚園の頃の先生に教わったように、僕はそのことばかり1人で考えていた。

半年ほど悩み抜いて、もう無理だ とサジを投げる前に妻にカミングアウトした。

家族には心配かけるまいと、ここでもくだらないプライドに縛られていたんだ。でも言ってすっきりした。

彼女はすべてを受け入れてくれた。一緒に考えていこうと言ってくれた。

この際あがいても仕方ないから、いま出来ることをひとつずつ片付けて流れに任せてみようと思った。

もうこの際出たとこ勝負だ。

もちろん収入の柱である本業はしっかりやっていかなければならない。

その上で出来ることを必死になって探していこう。

さいごに

僕は会社を経営しているが、そもそも取引先がいまのところ一社しかないのが問題なんだろう。

半年前は同時進行で4社とお付き合いをさせていただいていたが、思うところあって事業縮小をした結果、一社依存の経営となってしまった。

事業縮小によるリスクは想定内ではあったものの、その一社からの収益が下がることまでは予想していなかった甘さをいまは呪いたい。

今後は新たな顧客を獲得するために、また営業を再開しようと思う。

そして本業だけでは心許ないので、新規事業を立ち上げようと思っている。

あと、このブログからの収益はあてにせず、別途アフィリエイト目的のサイトを複数作ろうと思っている。

できるかできないかではなく、やるしかない から。

しっかりと目標は掲げる。もちろん夢も諦めたわけではない。

でも流れに身を任せ、ちょっとずつ起動修正しながらゴールを目指すのも悪くはないと思ってる。

航路は決まってるのだからあとは周りの景色を楽しみながら、時に嵐に見舞われようともちゃんと舵をとっていく。

前へ前へ。

上へ上へ。

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