時に子供からの残酷な問いかけは、蝕まれた脳をシャッフルさせる効果がある

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年輪を重ね、社会の汚れた部分を当たり前のように受け入れられるようになってくると、次第に思考もカオスの方へ歪められていく。

見えているものが全てではなく、その裏側にあることさえも器用に察し、無難に生きていく。

それが良いか悪いかは別にして、本来あるべき姿にフィルターをかけ余計に難しくしている。

そんな現象に思い悩みながらも「それが全てだ」と、さも正しい道を歩んでいるかのごとく信念を捻じ曲げていたずらに錯覚に陥いっていくように。

誰しも思い当たる節があるのではないだろうか。

価値観は人それぞれ

幸いにも僕らには「考えを巡らせる」能力が平等に授けられている。

考えを巡らせ、これ以上のない選択を決められるチャンスを僕らはもっている。

僕らはもっとも効率的で最小限のリスクを求め、無意識のうちに行動している生き物だ。

価値観はそれぞれであり、何が正解かなんてものはそもそもナンセンスで、僕らはかりそめの正解に一喜一憂する必要などまったくないのである。

それは、大人だけではなく子供も一緒だ。

子供からの問いかけは残酷にも核心をつく時がある

ある程度の年齢に達するまで子供たちは、親の加護の元に日常を過ごしていくことになる。

その後の子供たちの行動は、幼少期に蓄積された親から授けられる価値観と同義と考えてもおかしくない。

親となった僕らは子供たちに何を教えられるのか?

子供を育てるということは、何年経とうが恐怖と背中合わせだ。どれほど笑顔がまぶしい子供にも、残念だが常に感じることでもある。

純真無垢な子供からの口撃にたじろいだ親も少なからずいるだろう。

なぜなら子供には「フィルターをかける癖」がまだ備わっていないのだ。

汚れた世界でまんべんなくコーティングされた僕らに、純粋な思考の残酷な天使が鋭い矢をいつだって放ってくる。

あなたはその矢を華麗に避けるだろうか。それともパラダイムシフトを覚悟して、精神をえぐられようが受け止めるだろうか。

きっと親なら自ら傷ついても、後者を選ぶに違いない。

脳を倍速で回し、噛み砕きつつも直球で返すということ

子供からの問いかけは、僕らにしてみたら当たり前の事実であり、時にフィルターをかけてしまってからは応えづらい事象となる。

しかし子供にとっては世界の疑問が全てであり、親の都合など関係ないのだ。

なんで赤信号だと止まるの?

どうして太陽と月があるの?

腐った脳みそをフル回転させて、彼らに分かりやすく真実を伝える義務が僕らにはある。

しかし日常を流されるまま、ただ闇雲に突っ走ってきた僕らには、そんな当たり前のことにさえ目を配る余裕がなかったのか。

胸の中心には矢どころか、大砲で撃ち抜かれたような大きな穴だけがぽっかりと空いた。

世界は常にシンプルだ

物事をシンプルに、真実のその先にある当たり前のことにもっと目を向けよう。

時に子供からの残酷な問いかけは、蝕まれた脳をシャッフルさせる効果がある。

まだまだ僕らには、彼らから教えられることがたくさんあるようだ。

やれ自己啓発だやれタスク管理だ、やれ効率的な行動だと言う前に、感じることを大切に考えていってもいいのではないか。

子供たちは僕らの鏡であり、彼らは僕らの鏡なのだ。

物事をもっとシンプルに。

いままで蓄積されたものはそのままに、ただシャッフルするだけで世界は違ったものに見えてくる。

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