どんなに萎れて枯れたって、根っこは残っているもんだ。

ひろまひろく #186【2014/02/20版】

軸がぶれない、視線を切らさない。しっかりと目的意識をもってゴールへ突き進む。

途中どれだけ寄り道していようと、着地点は誤らず、万感の思いで成し遂げる。とても素晴らしいことだから、そうやって取り組んでいる人を僕はとても尊敬している。

意識の高い輪の中にいようとも、結局は自分との戦いの中でしかその成功は勝ち取れないわけで、いろんなことを咀嚼(そしゃく)しながら毎日を生きる。

土の中にちっぽけな種を植え付け、有益な要素を浴びながら草木は育っていく。

生きとし生けるもの者は皆、外的要素から恩恵を受け、次第に小さな芽を出し光り輝く存在へと変わっていく。

そして少しずつ少しずつ大きくなって、周りに感動や何かしらのきっかけを、運命的な影響を与えていくことになる。

その一方で、土の中にある小さな種は外から入ってくる情報や栄養をゆっくりと吸収し、複雑に張り巡らした網のように根を張ってゆく。

世の中はすべてこのサイクルで回っていて、互いに影響し合い成長していく。そして僕たちはそれを知っている。

裏と表を互いに補完しあいながらバランス良く育っていくのが一番いいのだろうけど、僕たち人間はそうもいかない。

いろんな条件が重なって花が枯れたり、大木だっていつかはへし折れる時だってあるんだ。

そう、時には大きな波にさらわれることもあるだろう。強い力を持った何者かに食べられてしまうことだってあるだろう。

だけれど、どんな時だって土の中の根っこまで失うことはないのだ。

どれほど痛めつけられても、その内側がしっかり根付いていれば、いつか必ず花を咲かせる瞬間はやってくる。

僕たちは、公園の隅に咲く一輪の花からだって教えられることがある。

綺麗な花をまとう人。
大きな大木になる人。
やがては森を作る人。

そして僕は、雑草だ。

どんなに踏みしめられたって、雨風に攻められたって育つ雑草だ。

そのことは絶対に忘れなくないのだ。


幼稚園で育てていた球根の芽を福さん(猫)が食べちゃったけど、またきっと生えてくるからと子供たちを元気づけたときに気づかされました。

穏やかな陽の光を浴びたリビングで、家族団らんのその時に気づかされました。

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