もっとお互いを見つめてみよう。思いを伝えてみよう。

人生のパートナーについて考えてみる。

籍を入れて一緒に暮らすことに対していいとか悪いとか言うつもりは毛頭なく、ただ単に、毎日同じ屋根の下で同じ時間を過ごす他人同士の物語について考えてみる。

僕の中では仕事よりも家族というのが昔からあって、どんな時でも常に一緒にいるってことが当たり前とされてきた。

それこそ家族で何かしたい時、家族で何処かへ行きたいと思えば仕事そっちのけで家族を優先にしてきた。

僕の親もまた忙しい時間を割いて子供たち(僕や妹)の面倒をよく見てくれていたと思う。

そういう親の背中を見ていたから自分もそうしたいと思ったわけではないが(そもそもうちの家系はみな冷めていて、僕らはどちらかというと超放任主義の中で育った)、妻や子供たちの目線を大事にし、「愛のある家庭」を築きたいと考えていた。

運命的なめぐり合わせの中、イチとゼロの電子の空で妻と出会い、奇跡的なめぐり合わせの中、遺伝子の螺旋の海で子供たちと出会った。人生を悲観していた僕にも尊いものができた。

家族ができた人なら経験あると思うけれど、妻(夫)や子どもの為なら自分の命を投げうってでも守りたいと考えるのではないだろうか。まさに僕もそうであったように。

ところがどうだ。

家族を守りたいと思う気持ちが、やがて自分のわがままな振る舞いの言い訳になってしまう瞬間を感じることが出てきた。

家族の団欒よりも自己研鑽に意識が向き、子供の笑顔よりも新しい出会いと知識を貪欲に求める。

いや、違うんだ。これは全部家族のためだから…

本当にそうなのだろうか。

本当に大事なことの為に、本当に大事なことから目を背けてやしないか。自分にとって心から大切だと思えること、心の目でちゃんと見なければならないよなって思う。

僕は自分の人生を劇的に変えたいと考えていて、それは仕事を軸にライフスタイルさえも変えたいと思っている。

そうなると家族を守る義務が当然のようにある僕は、「彼らとともに劇的に変わりたい」と考えるようになっていたんだけれど、よく考えたら彼らには彼らの人生があって簡単に口を出せるものでもないのだ。

もちろん助言はしたいし、彼らが望むのであれば全力で手を貸す準備はある。

話しがそれてしまったが、僕の人生のパートナーはどう考えてもいまの妻以外に考えられない。

どれほど好き勝手なことをしていても咎めることなく、いつも応援してくれる妻。

思いつきで何かをはじめようとする僕にいつも元気をくれる妻。

時には寂しい顔をするものの、僕に心配かけまいと気丈に振る舞う妻。

子供の面倒や家事をひとつも文句言うことなく毎日やってくれる妻。

笑うツボ、趣味、考え方、ここ最近は性格まで似てきたように思える妻。

熱しやすく冷めやすいところ、思慮深いけれど面倒臭いことは考えないところ、育児方針、味の好み、もちろん違うところもあって然るべきだけれどほとんど感じるところは似てきたと思える。

ただそこが浅はかなのだ。人間なんて見ているところ、感じているところだけが全てではなく、伝え聴かなければ本意なんて分からない。

なんかね、うちの奥さんが突然ブログにこんな記事をあげたわけですよ。

私の好きな人。-gooブログ

何の前触れもなくこんなこと言われたら、まあ普通に泣くわけですよ。いろんなこと考えちゃうわけですよ。

最近構ってあげてねーなー、とかね。

今夜もビジネスのお勉強に出ちゃうわけだけど、早めに帰って一緒に映画でも観ましょうかね。

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