あの日はとても天気が良くて鼻唄混じりにアクセルを踏んだっけ|ひろまひろく#156【2013/08/01版】

あの日は前の晩から天気が荒れていて、僕は独り自宅で憂鬱に過ごしていた。いや、正確には子猫がお腹の上にいたっけ。

翌朝5時に起きてカーテンを開けると嘘みたいに晴れていて、さっさと身支度を整え愛車レガシィのボクサーエンジンに火を点けた。

これはいまから8年も前の話しだ。僕も奥さんもまだ初々しくて、里帰り出産の彼女と毎晩メールのやり取りを欠かさずしていた。

*****

首都高渋谷線から用賀料金所を抜けると真っ青な空がパッと開けた。雲間から覗く青空と、夏らしいからっとした熱気に包まれながら早朝の東名高速道路をすいすいと走らせたんだ。

スピーカーから流れてくる心地良いサウンドは少し浮ついた気持ちをさらに加速させ、まるで直結するかのように足元のペダルに伝わる。

心は踊っていた。

何しろ今日は天使が舞い降りる日だ。すでに奥さんは軽めの朝食を摂っている頃だろう。彼女の中にも早く出たくて仕方がない元気な男の子が躍っているに違いない。

*****

僕ら夫婦はネット上の掲示板で知り合った。いま風にいうなら「ネット婚」というのだろうか。

幹線道路沿いで常に排ガスにまみれた東京の北から「寂しくて死にそうだ」というメッセージをネットの海に落としてみたところ、二日後に返信が届いた。

それまでサクラに遊ばれたり、同居希望の女性からオファーがきたがどうにも合わない。しかし何故かそこに書かれているメッセージには心が惹かれたんだ。

それから僕らは毎晩メッセージのやり取りを続け、実際に会う前からお互い「結婚」を意識していた。どれだけのめり込めばそういう気持ちになるのかは今となっては微笑ましい思い出だが、当時はお互いを信頼し、まだ見ぬ姿に恋をしていた。

はじめてメッセージを貰ってから一週間後に彼女の住む街で会い、その日に結婚を前提にしたお付き合いを切り出し、その日の晩にはご両親にご挨拶に伺った。

「今日からお付き合いをさせていただきます。宜しくお願い致します」という軽い挨拶だったが、揺るぎない信念と愛が僕にはあったから行動に移せたんだと思う。

*****

病室に飛び込むと奥さんはベッドに横たわりコードの束で機械と繋がれていた。とても痛々しく感じたが彼女自身はけろっとしていて思わず拍子抜けしたっけ。

積もる話が途切れると病室には規則的な音だけがやけに耳についた。それはお腹の中で眠っている生命の音だ。たまにくぐもった音が混ざると一人で焦っていたが、ここでも奥さんは堂々としたものだった。こんな時男の弱さが出てしまう。

産道が開かず一旦彼女の実家でお昼ごはんをご馳走になり、再び病室に戻る。なかなかお産のタイミングではないもののすでに奥さんは元気がなく、力のない返事と大きな鼓動に包まれながらうんうん唸っているだけだった。

僕にはどうすることも出来ず、ただ彼女の肩をさするだけだった。

*****

奥さんは両脚を開き、力を込めていきむ。ほんの数秒なのだがとても長く感じられた。そしてさらにいきむ。

いきむ。

いきむ。

僕はただただ彼女の枕元から、両脚にシーツの掛けられた向こう側にいる助産師先生の表情ばかりを某然と見ていた。

彼女が息を止めいきむと同時に声をかける。

「がんばれ!あとちょっとだ!」

無責任な応援は彼女の耳に届いているのだろうか。それでも励まし続けた。だっていまの僕に出来る精一杯の作業はそれしかないのだから。

動画の撮影は禁止されていたが出産後なら大丈夫と許可を貰っていた。さらに、撮影に気を取られなければ問題ないとも言われていたので、録画ボタンを押したままムービー本体を棚の上にあるカゴの中に入れて僕は励まし続けた。

「がんばれ!もう少しだから、がんばれ!」

*****

平成17年8月1日の午後15時過ぎに、臍の緒を身体に絡ませながら青白い顔をした男の子が産まれた。

生まれる瞬間まで産道付近でぐるぐる回転していたらしくて一瞬分娩室に緊張が走ったものの、僕ら夫婦はそれどころではなく言葉もなく感動していた。

いや、正確には「生まれた…」と条件反射的に囁くような小さな声を、誰に言うでもなく呟いていた。そして僕の視界は曇った。

それまで感動的な映画で潤っとくることはあっても、実生活でまさかそんな泣くなんてことは無いだろうと思っていたが、実際あの場面にいたらそんな固定観念などなんの役にも立たないのである。

処置を終え、顔に赤みを帯びた小さな小さな長男が白い布にくるまれ運ばれてきた。奥さんの胸の上にそっと置かれ、言葉もなく、達成感と満足感で一杯な奥さんが無垢な笑顔で覗き込んでいた。

500円硬貨ほどの大きさしかない彼の掌に指を持っていくと、ぎゅっと握り返すのだ。そして視力がまだほとんどない筈なのに、必死で目を開けキョトンとした表情を浮かべる小さな長男に、僕も笑顔で応えるしかなかった。

*****

その日は長男が生を宿した日であると同時に、初めて父と母になった記念すべき日である。

ぎこちない手付きで長男を抱きかかえながら、この子の未来に思いを馳せる。

*****

そして、あれからもう8年が経った。

長男の下には弟や妹がいて、毎日がとても騒々しく過ぎていく。僕らもまだまだ手がかかる下の子二人に注意を払うわけだが、それでも彼は気丈に振る舞い、自分の世界を構築している最中なのか意外とクールにやり過ごす。

しかしどうだろう。滅多にないタイミングで長男だけと過ごす時にハッとすることがよくあるのだが、彼はまだ甘えたい盛りであり、僕や奥さんを必要としているんだ。

普段なら照れてベタベタするのを躊躇するくせに、いざそういう場面になると途端に甘えてくる。彼なりに自分のポジションを受け入れて必死に言い聞かせているんだろうな。そんな時はとても切なくなるよ。

*****

カナデへ。

いつからか君のことを「カナ君」ではなく「カナデ」と名前で呼ぶようになったよね。パパやママも意識してないんだけれど、多分君が年中さんに上がった頃ぐらいからそう呼ぶようになったかな。

つまり弟のキヅナが未就園児として幼稚園に週に一度通い出すのと、妹のカノンがだんだん歩くことを覚えてきたあたりだと感じる。

君にも「兄」という自覚が芽生え、パパやママも君を三兄妹の「長男」と認識しだしたからなんじゃないかと、今はなんとなくそう思っている。

君自身も、弟や妹の世話をだいぶ手伝ってくれるようになったよね。だからというわけじゃないんだけれど、君の振る舞いを見ていて「もうカナ君」じゃないんだなって自然と名前で呼ぶようになったと思ってる。

だけれど君はいつまでも「カナ君」なんだよね。普段は滅多にそう呼ばないけれど、今でも君が生まれたあの日のことはとっても嬉しくて、昨日のことのように思い出せる。

あのちいちゃくて可愛い手の温もりが、まだ残っているんだ。

君は暑い夏の始まりに生まれました。今よりも夏の到来は遅くて、ちょうど蝉が鳴き始める前後だったと思う。

「夏が奏ではじめる最初の日」に生まれたから君に「夏奏(かなで)」と名付けました。パパやママにとっては思い出深い曲のタイトルでもあるけれど、とってもいい名前だと思っています。

カナデへ。

弟や妹と同じくらい君のことは大切に想ってるから安心してください。だから思う存分のびのびとパパやママに甘えてください。「8歳の長男」という肩書きは気にしなくていいから、君らしく生きてみてください。

何か困ったことがあったらすぐに相談してください。

悔しいことや悲しいことがあっても、一人で抱え込まないで素直に言ってください。

君の優しいところや芯の強いところはパパたちも知っています。だから、遠慮しないで頼ってください。

君はパパやママたちと同じ日に生まれたのだから。君のおかげで「親」になれたのだから。

これからもずっとその関係は変わらないのだから、パパたちを信じて、そして自分を信じて成長していってくれたら嬉しいです。

誕生日おめでとう( ´ ▽ ` )ノ

2005.08.01

2013.08.01

記事が参考になったりおもしろかったら
いいね!してね( ´ ▽ ` )ノ

Twitterでマツオユキを

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA