子供にはいろいろな経験をさせたい…しかしこれって|ひろまひろく#155【2013/07/29版】

ここ最近は毎日が充実している。「自分の人生を自分でコントロールしている」感がなんとなく掴めてきたからだ。

それにも増して、人との繋がりによって生まれる孤独感が和らいだせいもあるかもしれない。

自分は本来引き籠り症な上どちらかというと孤独を好んできた。仕事は別にして、できるだけ人と関わりがないような人生を選んできた。だってその方が楽だから。

一度や二度ならともかく、何度も信じてた人に裏切られたらそういう生き方を選んでしまっても仕方ないと開き直ってきた。

今にして思えば「それ本当に裏切られたの?」と自分自身に問いただしてはみるが、過ぎたことなのでもうどうでもいい。いまは「これから」を大切にしていきたい。

子供にはいろいろな経験をさせたい

人の親になってはじめて気づく「我が子への愛情」は、時として親のエゴで語ることができる。

*お前の為を思って
*こんなに愛してるのに
*言うことを聞きなさい
*どうして分かってくれないの?

親になってみると高い確率で誰もが経験することだろう。幸い僕はこのような育てられ方をしていないので、子供にもこういう気持ちはもってない。

ただひとつ、いろいろな経験をさせたいという思いはすごくあるんだけれど。

しかしこれって

しかしこれって親のエゴとは言えないだろうか、とかね。いろいろと考えたらきりがないんだけれどやっぱり考えてしまいます。

ちゃんと勉強しなさい

と言うのと、

キャンプは楽しいから一緒に行こう

とは何か違うところはあるのだろうか。

勉強さえしていれば将来保証されるのか。親が楽しいと思えることが必ずしも子供にとって楽しいことなのか。

きっと強要することがよくないんだと思う。あくまで自己判断に任せるべきなんだ。

ただ僕は「遊び」に関しては強要してでも体験してもらいたいと考えている。

なぜなら僕は、遊ぶことすら自己判断に任せられていたから、根っからのニート気質が災いして楽しい遊びを知らないで育ってしまった。

つまり今になっていろいろな繋がりから楽しい世界があることを知り、過去に対して後悔の念が強すぎるんだと思う。

いまでしょ

もはや使われ過ぎた感は否めないが、こんな言葉が今年流行している。「いまでしょ!」だ。

しかしこの言葉、僕にとって信念のなにものでもない。いまやるべきことは、いまやるべきである。

どんなことも先送りしたくない。それが「楽しい」と思える判断基準に達しているなら尚更だ。それは親である僕だけに当てはまらず、子供がやりたいと思うことは何でもやらせてあげたいし、自分も一緒に経験したい。

奥さんからするともしかしたらいい迷惑なのかもしれないが、僕はそう思う。

明日、事故でこの世を去った時に後悔しないよう、平凡な毎日に最善を尽くしたい。

親のエゴにハマるのか自分では判断できないけれど、僕はそう思う。

きっと家族はどんな時でも付いてきてくれるだろう。その期待を裏切らない為にも、僕は最善を尽くして自分らしく生きていたい。

過去は過去。これからの未来に備えてやることをやり続けたい。

僕は、そう思う。

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