見えないところで頑張っている|ひろまひろく#120【2012/10/30版】

Axelarts | skitch com 1



日々成長している子供たちを見ていると自分は何も成長できていないことを実感させられる ひろま (@hiroma20) です。

「一生懸命」という言葉がぴったりな瞬間を、まさか子供たちから教えられることになるとは。。


普段はとてもやんちゃな子供たち。子供らしく育ち、毎日元気に過ごしている。

時折見せる大人っぽい言葉は、交通事故にでも遭ったかのように突然胸にグサリと刺さったりする。そして怯む。

長男と次男が水泳教室に通い出して半年ほど経つだろうか。

それまでは顔や耳に水がかかるのが耐えられなく、泣くことはないがかなり大騒ぎしていた。しかし教室に通い出してからは、だいぶ我慢ができるようになってきた。

彼らは二人とも喘息である。長男はだいぶよくなってきているように見えるものの、次男はまだ余談を許さない。
毎晩10分ほどの機械を使った吸入と、さらに軽度のアトピーの為お風呂あがりの保湿クリームと痒み止めは毎日欠かさず身体中に塗りたくっている。

ぼく自身この歳になるまで薬やそれに類する薬品を利用したことがないので、子供ながらに毎日のルーチンとしてそれを欠かさず行っている彼らを感心せざるをえないわけである。

この半年の間に通っている水泳教室にはまだ一度も見に行ったことはない。なぜなら、半分は付き添いのママたちのサロンのような場になってしまっているからだ。正直話が合う気がしないわけである。

かと言って、子供たちの頑張りを見ていれば良いだけなのだが、ガラスに隔てられ声すら届かない隔離された待合室の空気は、やっぱり自分には合わないような気がしている。

前々から奥さんに動画で撮影することを頼んでいたのだが、今日やっと撮ってきてくれていたので早速見させてもらった。しかも今日は検定の日だったようだ。

仕事から帰ると、兄弟二人してぼくに見せたいものがあるという。すでに末娘が二人の賞状を持っていてぼくに見せてしまったわけだが、ぼくは見て見ぬ振りをし、改めてドヤ顔で賞状をぼくに見せる兄弟を大げさに喜んでみせた。

背中に発泡スチロールの浮きを巻きつけ、ビート板でバタ足をする兄弟二人の勇姿を動画で見た。

涙が出そうになった。

待合室から彼らがいるプールまではだいぶ距離があって、二人には親の存在は感じられないと思われる。親が存在しない世界に二人はいて、意識しないまままさにこれから自分自身との戦いに挑もうとしている。

当然小学生の長男はぎこちないながらも何とか25Mを泳ぎきった。

身体を動かすことは好きだがどちらかというと運動が苦手な次男も、一度も脚を付かず25M泳ぎきった。
しかもほとんど進まず、兄から遅れること3分半。周りの生徒やコーチに声援を貰いながらたった一人で頑張ったのである。

彼らの私生活を知っているだけに本当に感動してしまった。

奥さんはともかく、ぼくに至っては彼らの一面しか見ていない。見ることができない。
いつもふざけていたり、ご飯を残して叱られたり、つまらないことで兄弟喧嘩をしたりと、まあ普通のどこにでもいる子供のような一面しか見ることができていないのだ。

そんな、裏を返せば甘えん坊な彼らが親の知らないところで頑張っている姿をiPhoneの画面の中で見てしまったのだ。

自分がダメな親だとは思わない。気持ちの中では「ダメな親」と思っていたとしても、思った時点で彼らに失礼だろうと感じる。

彼らは一生懸命ぼくたちを親として認め、そして接してくれている。彼らはふざけたり、ご飯を残したり、喧嘩したりと一見良くないことをやっていそうなのだが、実はすべてに対して一生懸命(一所懸命)なのだ。何をするにしても。

自分はどうか。

考えさせられてしまった。無理をしつつも親であらんとしている。だけど、こと「一個人」としてはどうなのだろうかと。

子供たちに対して恥ずかしい親であってはならない。
だけれど、あらゆることに全力を尽くし一生懸命にしているのか?と自問自答してみる。

彼らが物心つく頃までにはちゃんとした「男」になっていなくちゃならないと強く思った。


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