たった1日で世界がひっくり返ることがある。No iPhone, No Life ?

たった1日で世界がひっくり返ることがある。

それは架空の世界だけではなくて、現実の世界でもよくある話しだ。

世界的な大恐慌にあるいま、ニュースでも銀行の破綻や歴史的な投資会社がぶっ潰れるなんてのは、アイスの「当たり」を引くより容易いことのように思える。

実際、一週間前に俺の会社は無くなった。

大学時代の親友が立ち上げたベンチャーで昨年上場したばかりの勢いのある会社だったが、ナンバー2だったバカがライバル会社に新製品をリークしたばかりに、株主の怒りを買い融資を止められちまったんだ。

俺は親友に拾われてずいぶん世話になっていたが、会社では役立たずだった。

だから今回会社がヤバい時だって何もしてやれなかった。

やつは日に日にやせ細ってって、もう会社が無くなるって分かってからついには病院の個室に入ることになった。ノイローゼとか鬱とかそんなやつだ。

やつはいつもIT業界の将来のこととか、自分の信念や商品に対するこだわりとか、ようするに「自己啓発本」でよく見る「ありきたりな言葉」で諭そうとしていたが、俺にはさっぱりだった。

ただやつの熱意だけは伝わっていた。うっとうしいくらいの「熱意」だ。

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そんな大学時代のエースは病院のベッドから天井ばかりを見つめていた。

俺が覗き込んでも視線を動かさずなにかぶつぶつ言っている。

「おい・・社長・・・・、おい・・木崎・・・大丈夫かお前」

声をかけてもなんの反応もない。

あーとかうーとか、ただぶつぶつと独り言を繰り返すだけの「元」エース。

金持ちの坊ちゃんでなんでもスマートにこなし、女にモテまくりだったやつはいつしか周りから「キザ」と呼ばれていたが、小学校から一緒の俺は一度もそう呼んだことはなかった。

何よりやつの家は金持ちではなかったし、スマートとは無縁の泥臭い努力ばかりしていたからだ。

母親と二人で生活していたやつは中学のときに新しい親父さんができた。

小さいながらも診療所を経営している医者の息子になった。

新しい親父さんはやつをめちゃくちゃ可愛がってくれて大学まで通わせてくれた。

お袋さんと二人で暮らしていた時は想像もできなかったことが、夢ではなくなったのだ。

親父さんは病院を継いで欲しいと望んでいたがやつは首を横に振った。

自分の力をITの世界で試したいと。

その後のやつは周りの仲間をどんどん追い越し、ついには大学在学中に起業を成し遂げた。

でもやつは涼しい顔でこう言ったんだ。

『起業はゴールではなく、スタート地点に立ったに過ぎない』って。

このベッドの上で青白い顔をした、天井の汚ればかりを見てる痩せっぽちの親友が言ったのだ。

たった1日で世界がひっくり返ることがある。

死ぬ思いをして生きてきたヤツが一夜にして億万長者になりうるし、逆に順風満帆に生きてきたヤツがたった一度のミスで人生を棒に振ることだってある。

こいつを見てると妙に冷めた感覚でそんなことを考えてしまう。

いまでこそ開き直りにも似た冷静な考えで状況を見てられるようになったが、会社倒産の「理由」を知ったとき怒りで握っていた二つ折りのケータイをへし折っちまった。

俺にしては珍しいことだが、自分の職場がなくなったことへの怒りより、誰よりも努力している木崎の夢が他人の手によって汚されたことが何よりも悔しくてたまらなくなった。

ケータイがなくなったことで俺は社会から独立した存在になった気がした。

おまけに職を失い、大事な親友までも失った。

家に帰ればペットのネズミはいるが、彼は俺の愚痴よりもゴールの見えないプラスティックの道をぐるぐる回すことに夢中だ。

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やつの病室にお見舞いのリンゴをひとつだけ置いてきた。

生き生きとした真っ赤なリンゴ。

病院のロビーでやつのお袋さんに会った。

こんなに小さかったか?ってくらい小さくて、弱々しい体を曲げてさらに小さくなった。

「今日はありがとうね・・。あの子いつもより血色がいいのはあなたのおかげね。また顔見せてくれるとおばさん嬉しいわ」

俺の膝ぐらいまで頭をさげたお袋さんになんて声をかければいいか分からなくて「はい」としか言えなかった。

病院の自動ドアを抜け振り向くと、ガラス越しに手のひらをヒラヒラさせたお袋さんが立っていた。

いつまでも笑顔で見送ってくれた。

空を見上げると太陽は西の雲間でもがいていた。

反対側には夜の帳が音もなく近寄ってきている。

チカチカと点滅した光ははるか上空を飛ぶセスナ。

広い駐車場の奥にはモヤがかった綿をまとった黒いスカイツリーが、下界を見下ろしているようだった。

俺はポケットに突っ込んだ新しいケータイをおもむろに掴んだ。

真っ白いケースに覆われたボタンが一つしかないケータイ。

IT業界に身を置きながら俺はこのケータイの存在を知らなかった。そもそも「ケータイ」ではないらしい。

裏面には齧りかけのリンゴのマークがプリントされている。

俺はこれを見てお見舞いの品を思いついた。

さすがに齧りかけのリンゴはマズイから真新しいのを置いてきた。

のちに思い知ることになるが、この新しいケータイ「アイフォーン」を手にする前と後では俺の生活はまったく違うものへと変わっていった。

その話しはいつか違う機会で話そうと思っている。

「たった1日で世界がひっくり返ることがある」

このキーワードと「アイフォーン」が切っても切れないものだということだけは差し支えないだろう。

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とりあえず雲間に隠れたあの西日を撮って帰ろうと思う。

明日からのことはこれから考えても遅くない。

まずはこの「アイフォーン」が俺にとって何をもたらしてくれるのか。

俺は社会とは縁を切った身だからきっと何も残るものはないだろうけれど、会社の遺物と思ってしばらく使ってみようと思っている。

この小さな端末のパーツひとつにはやつの思いが組み込まれている。

少なくとも俺の思いだって入っているから。

やつが崇拝していたスティーブなんとかって男の思いとともに、やつや俺の、そしてやつが作り上げた大事なものがこの小さなデバイスには入っているから。

iPhone


この物語はフィクションであり、登場する人物や名称はすべて架空のものです。

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