一年目の祈り

日本人にとって忘れられない「あの日」からちょうど一年が経ちました。

あの日は午前中に一件現場をこなして打ち合わせのために練馬区へ行き、そのあと得意先の会社へ顔を出すというわりとのんびりしたスケジュールだったと記憶しています。

そして「あの瞬間」は営業先から自宅へ戻る途中の信号待ちの車中でむかえました。

車が飛び跳ねている間は何が起こっているか理解できませんでした。道に座り込む人たちや交差点のど真ん中に車を停めて飛び出す人など、日常ではあまり見ない風景がいまだに頭に残っています。

それでもがむしゃらに生きる人たちがいるということ

大震災当日の映像。被災された方々のインタビュー。報道。ネット。

連日の目を背けたくなるような内容のニュースは、哀しみとぶつけるアテのない怒りが混ざりあったなんとも言えない感情を引き起こしました。

ぼくは安全な場所にいてどう表現したとしても綺麗事でしかない。なにもできないぼくがここにいます。

歯痒かったです。
本当に自分が無力なことを感じました。

その反面、ぼく一人がなにかしたとしてなにも変わらない現実もやんわりと考えてしまいました。

そんな世界が灰色に見えはじめた頃、被災された子供たちの映像が流れます。
ご両親が目の前で津波にのまれたり、親しい友達を亡くした小中学生だったと思いますが、(もちろん疲労感や悲壮感はただならないものがあるものの)絶望感に支配された子供たちはたぶんいません。

とても残酷な現実をやむなく受け入れ、もう前を向いて歩いていくしかない子供たちを目の当たりにした時、「おれ、なにモジモジやってんだろ?」って情けなくなりましたよ。

自分にできる支援の仕方があることに気づいた

なにもできないとか、力になれないとかじゃなくて、「被災地を想いいままで通り生きること」がひとつのカタチなのかなと思うようになりました。
ちょっとづつの義援金と仕事をがんばることで経済を回す!を実践してみることにしたのです。

もう平和な国ニッポンはどこにもありません。
一年前と比べて被災地の復興も飛躍的に進んでいると聞きますが、人々が受けた心の傷を癒すにはまだ時間がかかることと思いますし、被災から免れたわたしたちは「あの日」を忘れずに日々を過ごすことが第一なのかと思っています。

さいごに

お亡くなりになられた方たちにご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方たちにはお見舞いとお悔やみを申し上げます。

Pray for Japan.
がんばれ日本。がんばろう東北。

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